物事の価値を、だれの立場から見た価値なのかをはっきりさせて言葉にすることが目標の課です。自分にとって大切な出会いや経験を語るには、「だれから見て大切か(〜にとって)」「気持ちや態度がだれに向いているか(〜に対して)」「それさえあれば十分なほど大切なものは何か(〜さえ…ば)」「二度としないと決めたことは何か(〜まい)」を言い分ける必要があります。中でも「にとって」と「に対して」は同じ「N+に〜」の形で混同しやすいので、Nから見る(評価)か、Nに向ける(態度・動作)かを矢印の向きで見せるのがこの課の芯です。初級の「〜が好きです/嫌いです」は、好きな「もの」だけでなく好きな「こと」まで言えるようにして、最後のスピーチや作文の材料にします。
目安は 90分×3コマ。コマの長さと学校のカリキュラムで配分は変わります。各段で押さえることと、かける時間の目安です。
| 段 | 時間 | やること |
|---|---|---|
| 導入(目標の場面) | 15分 | 「日本に来てから、あなたにとっていちばん大切な出会いは何(だれ)ですか」と聞き、一言ずつ答えを黒板に集める。同じ「アルバイト」でも、ある人には生活のためのお金、別の人には日本語の練習の場になっていることに触れ、この課は「だれから見た価値か」をはっきり言う課だと予告する |
| 学習項目1 〜にとって… | 35分 | 自転車の絵と人のカード(学生・お年寄り・会社員)で、同じものを立場を替えて評価させる。前の課の「〜としては」の文と並べ、意見を言う形か、価値を言う形かを分ける |
| 学習項目2 〜に対して… | 35分 | 人から人への矢印の板書で、気持ち・態度・動作が向かう相手を見せる。「にとって」との二択の問題で区別を固め、名詞の前の「〜に対する」まで |
| 学習項目3 〜さえ…ば… | 35分 | 「一つだけ持って行けるとしたら」の問いから「これさえあれば」へ。動詞は「飲めば」を「飲み+さえ+すれば」に分ける板書で形を見せる |
| 学習項目4 〜まい | 30分 | 教師の失敗談から「もう二度と〜まいと思った」を導入。同じ内容を友達との会話の「もう絶対〜しない」に言い換えさせ、硬い言い方であることを確かめる |
| 学習項目5・6 〜が好きです/〜が嫌いです | 35分 | 好きな「もの」から好きな「こと」へ(Vのが好き/Vことが好き)。強さのものさし(大好き〜大嫌い)で「嫌い」のやわらげ方を練習する |
| 目標の活動(スピーチ) | 60分 | 「私にとって最高の〜」という題で、①〜は私にとって…だ ②その人(もの)は私に対して… ③〜さえ…ば… ④もう〜まい(と思った)の四つを入れた1分のスピーチを書かせ、グループで発表する。聞き手は四つの部品が聞こえたらメモに印を付け、発表のあとに「にとって」と「に対して」の使い方を確かめ合う |
| まとめ | 25分 | 「にとって/に対して」の二択を5問ほどと、「〜まい」の接続(グループⅠ・Ⅱ・Ⅲ)を確かめ、スピーチ原稿の直しを宿題にする |
「Nにとって」は、Nの立場から見るとどうかという評価を言う形です。後ろには「大切だ・必要だ・難しい・ありがたい」や「〜は…だ」のような評価・判断の言葉が来て、「する・話す」のような動作の動詞は来ません。Nには人だけでなく、会社・町・植物のような「影響を受ける側」も入ります(植物にとって、水と光は欠かせない)。前の課の「〜としては」はある立場の人が意見を言うときの形(社員としては、こう考えます)で、「にとって」はそのNにとっての価値を言う形、と分けると整理しやすくなります。
N+にとって(ほかと比べるときは「にとっては」「にとっても」、名詞の前は「にとってのN」:母にとっての楽しみ)
まず口頭で、人のカード(子ども・お年寄り・留学生・会社員)とものカード(スマホ・自転車・日本語・長い休み)を一枚ずつ引かせ、「〜にとって、〜は…」と評価を言わせる。次に同じものを二人の立場で「〜にとっては…が、〜にとっては…」と比べさせる。最後に、自分にとって大切なものを一つ「〜は、私にとって…です」で言い、理由を一文足させる。
気持ち・態度・動作が向かう相手や対象を表します。後ろには「答える・反対する・説明する」のような動作や、「厳しい・優しい・失礼だ」のような態度を表す言葉が来ます。「先生に失礼だ」のように「に」だけでも言えることが多いですが、「に対して」にすると相手に向けているという意味がはっきりし、少し改まった言い方になります。学習項目1の「にとって」がNの立場から見た評価なのに対して、「に対して」はNに向けた動き・態度です。このほかに二つのことを比べる使い方(兄はにぎやかなのに対して、弟は静かだ)もありますが、この課では相手・対象の意味だけを扱います。
N+に対して(取り立ては「に対しては」「に対しても」、名詞の前は「に対するN」が多い:お客様に対する言葉づかい)
口頭で、人のカード(先生・お客様・子ども・後輩)と態度のカード(厳しい・優しい・丁寧だ・失礼だ)を組み合わせて「〜は、〜に対して…」と言わせる。次に「にとって/に対して」のどちらかを選ぶ二択の文を10問ほど出し、選んだ理由を「見る立場」「向ける相手」で言わせる。最後に、自分の国と日本で、目上の人に対する話し方がどう違うかを一人ずつ話させる。
「AさえBば、C」で、Aという一つの条件がそろえば、それだけで十分にCになる(ほかのことは問題にならない)という意味です。価値を言う場面では「これさえあれば幸せだ」のように、話し手がいちばん大切だと思うものを強調するのに使います。後ろには「いい・大丈夫だ・できる・〜になる」のような、条件が満たされたときの結果が来ます。「ば」のない「さえ」(漢字さえ読めない)は「〜も」に近い別の意味(極端な例を出す)なので、この課ではいつも「ば」と組にして練習します。
N+さえ+〜ば/Vます+さえ+すれば/Vて+さえ+いれば/い形く+さえ+あれば/な形・N+で+さえ+あれば(「が」「を」は「さえ」に替わり、「に」「で」などは残る:駅にさえ着けば)
まず名詞だけで「〜さえあれば、〜できる」を言わせる(キューは「辞書→漢字が読める」「地図→一人で行ける」)。次に動詞の文のカード(薬を飲む→治る、ボタンを押す→動く)で「Vますさえすれば」に変えさせ、慣れたら「雨さえ降らなければ」のような否定の形を混ぜる。最後に、自分にとって「これさえあれば幸せ」というものを一つ言い、理由を添えさせる。
「Vまい」は「絶対に〜しない(しないつもりだ)」という強い否定の意志を表します。「もう二度と遅刻するまい」のように自分の決心を言うことが多く、「〜まいと思う」「〜まいと決める」「〜まいと心に誓う」の形でよく使われます。書き言葉や改まった話(スピーチ・作文・物語)で使う硬い言い方で、ふだんの会話では「もう絶対〜しない」「〜ないようにしよう」と言うのがふつうです。「〜まい」には「〜ないだろう」という否定の推量の意味もありますが(この雨はすぐにはやむまい)、この課では意志の意味を中心に扱います。
グループⅠは辞書形+まい(行くまい・飲むまい)。グループⅡは辞書形+まい(食べるまい)のほか「食べまい」の形もよく使われる。グループⅢは「するまい/すまい」「来るまい/来(こ)まい」など揺れがあり、辞書形+まいで教えると間違いが少ない傾向がある
失敗のカード(寝坊した・財布を落とした・食べすぎた)を見せて「もう二度と〜まいと思った」と言わせる。動詞はグループⅠから始め、Ⅱ、Ⅲの順に混ぜていく。次に同じ内容を友達に話す場面に替えて「もう絶対〜しない」に言い換えさせ、作文の文と会話の文を書き分ける練習で終える。
初級で習った形の復習です。この課では、自分が大切にしているものを語る場面で、好きなものを名詞(Nが好き)だけでなく、行動(Vのが好き/Vことが好き)でも言えるようにします。「のが好き」は会話でふつうに使う言い方で、具体的な動作やその時の楽しさを言うのに合います。「ことが好き」は少し改まった響きがあり、作文や自己紹介のように自分の好みをまとめて述べるときによく使われる傾向があります。どちらも言える場合がほとんどですが、「趣味は〜ことです」のように「です」の前に置くときは「こと」しか使えません。
N+が好きです/Vる(辞書形)+のが好きです・ことが好きです(名詞の前は「私の好きなN」「私が好きなN」)
名詞で答える→「何をするのが好きですか」で動詞の形に広げる→同じ内容を自己紹介の作文の1文(〜ことが好きです/趣味は〜ことです)に書き換える、の順で進める。ペアで「〜するのが好きですか」とインタビューし合い、聞いたことを「〜さんは〜のが好きだそうです」と報告させる。
初級で習った形の復習です。「嫌い」は「好き」の反対ですが、日本語でははっきり言うと強く聞こえるので、価値や好みを話す場面では言い方の強さを選ぶことが大切です。自分の好みとして食べ物や物事について言うのは問題ありませんが、相手の作った料理や相手が大切にしているものについて「嫌いです」と言うと、きつく聞こえます。やわらげるときは「あまり好きじゃありません」「苦手です」を使います。「Vのが嫌い/Vことが嫌い」の使い分けは「好き」と同じで、「約束を守らないことが嫌いです」のように、自分の価値観を言うのにも使えます。
N+が嫌いです/Vる(辞書形)+のが嫌いです・ことが嫌いです(な形容詞なので、否定は「嫌いじゃありません」、名詞の前は「嫌いなN」)
強さのものさしの上にカードを置かせたあと、同じ内容を相手のカード(友達・ホームステイ先の家の人・アルバイト先の先輩)を替えて言い分けさせる。最後に「私が一番嫌いなことは〜ことです」を言い、なぜそう思うかを一文足して、目標の活動のスピーチの材料にする。
この課の目標の場面で使う語は、価値・評価を表す語(大切だ・貴重だ・欠かせない・ありがたい・宝物)、気持ちや態度を表す語(感謝・尊敬・失礼だ・厳しい・誓う・決心する)、出会いや経験を語る語(出会い・きっかけ・影響を受ける・悔しい)の三つのかたまりに分けると扱いやすくなります。単語だけで覚えさせず、「〜にとって欠かせない」「〜に対して失礼だ」「〜まいと心に誓う」のように、この課の学習項目と組み合わせた形で練習します。「苦手」は「嫌い」をやわらげる言葉と「上手にできない」という意味の両方があるので、二つの例文を並べて一度取り上げます。
宿題は、目標の活動で書いたスピーチ原稿を「私にとって最高の〜」という題の作文(400字程度)に清書すること。「〜にとって」「〜に対して」「〜さえ…ば」「〜まい」を必ず一回ずつ使い、好きなこと・嫌いなことを一つ入れる。次のコマの最初に何人かに読んでもらい、聞き手が「にとって」と「に対して」の使い方を確かめてから、第14課の「アドバイスする」に入ります。前の課の「〜としては」とこの課の「〜にとって」を一枚の表にまとめておくと、アドバイスの理由を言うとき(あなたにとっては、〜ほうがいいと思う)にもつながります。
「〜にとって」と「〜に対して」の違いはどう教えればいいですか?
同じ「N+に〜」の形なので、後ろに来る言葉で分けさせます。「大切だ・難しい」のような評価なら「にとって」(Nの立場から見る)、「厳しい・丁寧に話す」のような態度や動作なら「に対して」(Nに向ける)です。板書では目の絵と矢印の絵を並べて残し、二択の問題を出すたびにその絵に戻って理由を言わせます。
第12課の「〜としては」と「〜にとって」はどう区別させますか?
文の終わりが意見か評価かで分けます。「留学生としては、その案に反対です」のように考えや判断を言うなら「としては」、「留学生にとって、学費は大きな問題です」のように価値を言うなら「にとって」です。同じ「留学生」で二つの文を上下に書き、「どちらが意見ですか」と聞くと区別がつきやすくなります。
「〜さえ…ば」の動詞の形はどう見せればいいですか?
初級の「ば」の文から作ります。「飲めば」を「飲み|すれば」に分けて、その間に「さえ」を差し込む板書にすると、「Vますさえすれば」の形が目で分かります。あわせて「が」「を」は「さえ」に替わって消え、「に」「で」は残る(駅にさえ着けば)ことを色を変えて示します。
「〜まい」のグループⅡ・Ⅲの形はどこまで教えますか?
産出では辞書形+まい(食べるまい・するまい・来るまい)にそろえると間違いが少なくなります。「食べまい」「すまい」「来(こ)まい」のような形もあることは、読んで分かればよいものとして一度見せる程度にします。推量の「〜まい」(〜ないだろう)は、この課では意志の意味のあとに触れるだけにとどめます。
この課は何コマで終わりますか?
90分×3コマが目安です。1コマ目で導入と「にとって」「に対して」、2コマ目で「さえ…ば」「まい」と「好き・嫌い」の復習、3コマ目でスピーチの準備と発表、まとめを行います。「好き・嫌い」の定着がよいクラスでは、そこを短くして2コマ半で収めることもできます。
この課の文型を、日本語教員試験の用語でいうと何にあたるか。授業の説明に迷ったときの確認と、試験対策に。