「はい」か「いいえ」かで言い切らずに、物事を全部ではなく一部分だけ否定して、やわらかく言う課です。相手が「無理でしょう」「嫌いなんでしょう」と決めつけたとき、全部を認めるのでも全部を打ち消すのでもなく、「できないことはない」「嫌いなわけではない」と言えると、話が行き止まりにならず、どうすればできるかを一緒に考える方向へ進みます。5つの形は、言い方を直す「〜というよりも」、少しは「ある・できる」と認める「〜ないことはない」、思い込みや言い過ぎを打ち消す「〜わけではない」、今はそれをする余裕がない「〜どころではない」、する必要はないと伝える「〜ことはない」と、どこを否定しているかで分けて板書すると整理しやすくなります。いちばんの山は「〜ないことはない」と「〜わけではない」の違いで、前者は結局「できる・する」側に立つ消極的な肯定、後者は相手や自分の思い込みを打ち消す否定だ、という向きの違いを例の対で必ず確かめます。
目安は 90分×2コマ。コマの長さと学校のカリキュラムで配分は変わります。各段で押さえることと、かける時間の目安です。
| 段 | 時間 | やること |
|---|---|---|
| 導入(目標の場面) | 10分 | 教師が「狭いアパートで料理なんて無理ですよね」「日本人はみんな納豆が好きですよね」のような決めつけを言い、学生に「はい」「いいえ」以外の答え方がないか考えさせる。出てきた答えを黒板に集め、全部ではなく一部分だけ否定する言い方がこの課に5つある、と予告する。黒板に「言い方を直す」「少しは認める」「思い込みを打ち消す」「余裕がない」「必要がない」の5つの箱を作っておく |
| 学習項目1 〜というよりも | 20分 | 一つのものを二つの言葉で言い比べ、前の言葉は間違いではないが、後ろの言葉のほうがぴったりだ、という直し方を導入する。二つのものを比べる「AよりBのほうが」と違うことを最初に押さえる |
| 学習項目2 〜ないことはない | 25分 | 「できない」に「〜ことはない」を付けて打ち消すと、少しはできるという意味になる二重否定を、矢印の板書で見せる。答えたあとに「けど」「が」で条件や気の進まなさを続ける形をかたまりで練習する |
| 学習項目3 〜わけではない | 35分 | 相手の思い込みを打ち消す形として導入し、「全部・いつも・必ずしも・全く」と組み合わせた部分否定を練習する。続けて学習項目2と対にして、向きの違い(認める側か、打ち消す側か)を例の対で確かめる。1コマ目はここまで(自分の国についてよく言われる決めつけを一つ、メモしてこさせる) |
| 学習項目4 〜どころではない | 20分 | 誘いや提案に、今はもっと大事なことがあって余裕がない、と答える形で導入する。気持ちの上で嫌なのではなく、事情でそれをする状態にない、という点を押さえる。2コマ目の最初に、メモしてきた決めつけを「〜わけではない」で打ち消す復習を3分ほど入れてから入る |
| 学習項目5 〜ことはない | 25分 | 初中級で学んだ「する必要はない」の意味を短く思い出させ、困っている相手を安心させる言い方、そこまでしなくてもよかったと伝える「〜ことはなかった」へ広げる。「〜ないことはない」「〜たことはない」と形が似ていることもここで整理する |
| 目標の活動(相談のロールプレイ) | 35分 | 一人が「〜は無理だ」「もう〜しかない」と悩みを言い、もう一人が5つの形を使って、全部は否定せずに別のやり方を一緒に考える。悩み役は最後に「じゃあ、〜てみます」と一つ行動を決める |
| まとめ | 10分 | 黒板の5つの箱に形を置き直し、とくに「〜ないことはない」と「〜わけではない」、「〜ないことはない」と「〜ことはない」の対を、それぞれ一組ずつの例文で残す |
一つの物事を言い表すときに、前の言い方も間違いとは言えないが、後ろの言い方のほうがより正確だ、ぴったりだと、言葉を選び直すことを表します。「AというよりもB」で、Aを全部打ち消すのではなく、「Aと言うのは少し足りない・少しずれている」と部分的に退けて、Bに言い換えるのがこの形のはたらきです。相手の言い方を直すときにも、自分が最初に言った言葉を言い直すときにも使い、「〜というよりも、むしろ〜」と「むしろ」を添えることもよくあります。「も」を落とした「〜というより」も同じ意味で、会話ではこちらのほうがよく使われます。
N/な形(「だ」はふつう付けない)/い形/V(普通形)+というよりも(名詞・な形は「Nだというよりも」とも言う)
人や物・場所の写真(大きな公園・古い家・よく食べる友達 など)を見せ、まず思い浮かんだ言葉を一つ言わせてから、「〜というよりも〜」でもっと合う言葉に言い直させる。言えたら周りの学生に「どうしてそう言い直したんですか」と聞かせ、前の言葉では何が足りなかったかを一言で説明させる。
「〜ない」を「ことはない」でもう一度打ち消す二重否定で、まったくできない・しないわけではなく、少しは可能性がある、条件しだいではする、という消極的な肯定を表します。「作れないことはない」は「作れる」とほぼ同じ事実を言いますが、「簡単ではない」「あまり気が進まない」「条件がある」という気持ちが残るので、言ったあとに「けど」「が」で、その条件や気の進まなさを続けることが多い形です。とくに「行けないことはない」「作れないことはない」のように可能形に付けて、「無理でしょう」と言われたことに少しの可能性を認める使い方がよく出ます。「〜ないこともない」と「も」にすると、さらに遠回しでやわらかくなります。
Vない(ない形)/い形くない/な形・Nじゃない(ではない)+ことはない(丁寧には「〜ないことはありません」。「〜ないこともない」とも言う)
「〜できますか」の質問カード(朝5時に起きる・一人で引っ越しをする・漢字で手紙を書く など)を引かせ、「〜ないことはないけど/が、〜」で答えさせる。「けど」のあとには条件(〜ば)か気の進まなさ(あまり〜ない)を必ず入れる。最後に聞いた学生が「じゃあ、するんですね?」と確かめ、答えた学生は「ええ、〜なら」と条件つきで認める形で返す。
相手が持っている思い込みや、前の話から当然そう考えられることを、「そうだとは限らない・全部がそうなのではない」と打ち消すことを表します。「わけ」は「理由・当然の結論」なので、「〜わけではない」は「当然〜だろう、という結論にはならない」という意味です。「全部・みんな・いつも・必ずしも・全く」などと組み合わせると、「全部ではない(一部はそうだ)」という部分否定になります(「全く〜ないわけではない」なら「少しはある」)。また、「嫌いなわけではない」のように、相手が考えていそうな理由を打ち消して、本当の理由をあとに続けるときにもよく使います。学習項目2の「〜ないことはない」との違いは向きで、「〜ないことはない」は「少しはできる・する」と自分から認める答え、「〜わけではない」は相手や自分の思い込みを打ち消す答えです。たとえば、納豆が出たのに手をつけない人が「納豆が嫌いなわけではないんです。おなかがいっぱいで」と言えば、嫌いだろうという相手の思い込みを打ち消しています。「納豆は食べないことはないです」と言えば、食べることは食べると、少し気が進まない調子で認めています。
普通形+わけではない(な形は「な形な」、名詞は「Nな」か「Nというわけではない」。丁寧には「〜わけではありません」。会話では「〜わけじゃない」)
決めつけのカード(学生はみんなお金がない・雨の日はいつも電車が遅れる・高い物は必ず質がいい など)を読み上げ、「〜わけではない」で打ち消させ、「〜もある/〜人もいる」で一部分を一文足させる。次に、同じカードのうち二枚を選んで「〜ないことはない」で答えさせ、どちらの形が答えとして合うかをクラスで話し合わせる。
ほかにもっと大事なこと・大変なことがあって、今はそれをする余裕も状況もまったくないことを表します。前に来るのは、旅行・花見・勉強・パーティーのような活動の名詞や、「寝ている」「テレビを見ている」のような動作の言葉で、その活動について「それをしている場合ではない」と強く打ち消します。理由は、忙しい・病気・心配事・急な出来事など、話し手の事情や周りの状況で、気持ちとして嫌なのではない点が大切です。会話では「〜どころじゃない」がよく使われます。似た形の「〜どころか」は、「AどころかB」で「Aは当然違う、それより程度がずっと上(または反対)のBだ」という意味で、別の形です。
N/Vる・Vている+どころではない(丁寧には「〜どころではありません」。会話では「〜どころじゃない」)
「大変なこと」のカード(あしたが面接・財布をなくした・部屋の水道が壊れた)と「誘い」のカード(カラオケ・映画・飲み会)を一枚ずつ引かせ、誘われた側として「〜て、〜どころではない」と断らせる。そのあと「いつなら行けますか」と聞かせ、「〜が終わったら」と次の約束につなげさせる。
初中級で学んだ「〜ことはない」を、この課では相手の「〜しなければならない」という思い込みを打ち消す形として使います。「そんなに急いで返事することはない」は「そこまでする必要はない」という意味で、困っている相手や気をつかいすぎる相手を安心させるときによく使います。「何も〜ことはない」「わざわざ〜ことはない」と強めると、「そこまでしなくてもいいのに」という少しあきれた気持ちや軽い非難が入ることもあります。過去の「〜ことはなかった」は「しなくてもよかったのに(したけれど)」という意味です。「〜なくてもいい」と意味は近いですが、「〜ことはない」のほうが「心配しなくていい」と言い切る調子が強く、目上の人にはあまり使いません。
Vる(辞書形)+ことはない(丁寧には「〜ことはありません」。会話では「〜ことないよ」と「は」を落とすこともある)
「気をつかいすぎる人」のカード(駅まで迎えに来ようとする・高いお土産を買おうとする・徹夜で準備しようとする)を読み上げ、相手を安心させる一言を「〜ことはないよ」で言わせ、「〜でいいから」と代わりのやり方を一文足させる。次に、そのカードの人が実際にしてしまった後の場面にして、「〜ことはなかったのに」で言い直させる。
この課の形は、前に来る語の種類で使いやすさが変わります。「〜ないことはない」は可能形(作れる・行ける・食べられる)と、「〜わけではない」は「全部・みんな・いつも・必ずしも・全く」のような程度や範囲を表す副詞と、「〜どころではない」は旅行・花見・勉強のような活動の名詞と組んで出ることが多いので、カードにするときはかたまりで作ります。悩みや相談の場面で使う言葉(無理・あきらめる・工夫する・方法 など)を先に板書しておくと、目標の活動に入りやすくなります。
宿題は、自分や友達がいま「無理だ」「もうだめだ」と思っていることを一つ選び、それに答える短い相談の会話(8〜10行)を書くこと。答える側は、「〜ないことはない」「〜わけではない」「〜ことはない」を必ず一回ずつ使い、全部は否定せずに別のやり方を一つ提案させる。「〜というよりも」「〜どころではない」は使える場所があれば入れる。次のコマの最初にペアで読ませ、聞いた学生が「どの文が、何を否定していたか(全部か、一部分か)」を言って振り返ります。
「〜ないことはない」と「〜わけではない」の違いは、どう教えればいいですか?
向きで分けます。「〜ないことはない」は「少しはできる・する」と自分から認める答えで、結局はできる・する側に立ちます。「〜わけではない」は相手や自分の思い込みを打ち消す答えで、そのあとに本当の理由や一部分を続けます。同じ場面で二つの文を並べ、「この人は、するの? しないの?」「誰の思い込みを直していますか」と聞いて選ばせると区別がつきます。
「〜ことはない」「〜ないことはない」「〜たことはない」を学習者が混同するときは?
前に付く形の色を分けて板書します。辞書形なら「する必要はない」、ない形なら「少しはする・できる」、た形なら「経験がない」です。3つの文を並べて意味のカードを学生に貼らせると、形を見ただけで意味を選べるようになります。誤りが出たら、まず前の形が何形かを言わせてから直します。
第32課は何コマで終わりますか?
90分×2コマが目安です。1コマ目は導入と「〜というよりも」「〜ないことはない」「〜わけではない」まで、2コマ目は「〜どころではない」「〜ことはない」と相談のロールプレイ、まとめです。いちばん時間がかかるのは「〜わけではない」で、「〜ないことはない」との対の確認まで1コマ目に入れておくと、2コマ目の活動が楽になります。
「〜どころではない」と「〜どころか」の違いを聞かれたら、どう答えますか?
「〜どころではない」は「今はそれをする余裕がない」で文を終える形、「〜どころか」は後ろに、もっと程度が上のことや反対のことが続く形だ、と答えます。この課では「〜どころではない」だけを練習し、「〜どころか」は第39課で扱うので、ここでは文の終わり方の違いを一言伝えるだけにします。
この課の板書はどう組めばいいですか?
最初に黒板の上に「言い方を直す」「少しは認める」「思い込みを打ち消す」「余裕がない」「必要がない」の5つの箱を作り、学習項目ごとに文型の枠と例文を箱の中に入れていきます。「〜ないことはない」と「〜わけではない」の箱は隣に並べ、同じ場面の例文を一組ずつ書いて対にします。まとめのときに箱を指しながら、どこを否定しているかを学生に言わせます。
この課の文型を、日本語教員試験の用語でいうと何にあたるか。授業の説明に迷ったときの確認と、試験対策に。