それぞれの文化には固有の価値と論理があり、ある文化の基準で他の文化の優劣を判断することはできないとする立場。文化はそれ自身の文脈のなかで理解すべきだと考える。
自文化を基準に他文化を低く見るエスノセントリズム(自民族中心主義)の対概念であり、多文化共生や異文化間教育の理論的な土台になっている。
「どんな慣習も無条件に肯定する立場」という説明は行き過ぎた言い換えで、選択肢としては誤りにされやすい。判断を保留して文脈から理解する態度であって、価値判断の全面放棄ではない、と押さえる。
学習者が教師の目を見ないで話を聞くのを、教師が「やる気がない」と受け取りかけたとする。学習者の育った文化では、目上の人の目をじっと見ることが失礼にあたる場合もある。自分の基準ですぐ評価せず、その行動が相手の文化でどんな意味をもつかを考えるのが、文化相対主義的な態度である。
一方で、文化相対主義は何でも受け入れることではない。教室でのからかいや差別的な発言を「文化の違いだから」と見過ごすのは、この立場の取り違えである。判断を急がず理解しようとすることと、人の尊厳を守ることは両立する。教師は、理解のために判断を保留する場面と、教室のルールとして止める場面を区別しておく必要がある。
読んだ用語を1冊で引き直す・体系で押さえ直すなら。