必須の教育内容の最後に置かれた区分「コミュニケーション能力」には、5つの項目が並びます。ここには二つの向きが混ざっているのが特徴です。到達目標を読むと、前半の3つは学習者の能力を向上させる方法を理解することが求められ、後半の2つは自らの能力を向上させることが求められています。この違いに気づくかどうかが、この区分の急所です。
チョムスキーは、母語話者が頭の中に持つ規則の知識を言語能力、実際の発話を言語運用と呼び、言語学が扱うのは前者だとしました。これに対しハイムズは、文法的に正しい文を作れることと、その場にふさわしい言い方を選べることは別だと指摘し、後者を含む力としてコミュニケーション能力(伝達能力)を立てました。
初対面の相手に「おい、名前は」と言えば、文法的には正しくても場は壊れます。いつ・誰に・どこで・何を・どのように言うかを判断する力が要る、というのがハイムズの主張で、これがコミュニカティブ・アプローチの理論的な支えになりました。
カナルとスウェインは、この能力を4つに分けて示しました。語彙・文法・発音などの文法能力、場面や相手に応じて適切に使う社会言語能力、まとまりのある談話を作る談話能力、そして通じないときに言い換えたり聞き返したりして切り抜ける方略的能力です。「文法能力さえ高ければコミュニケーション能力が高い」とする選択肢は、この分割を無視したものになります。
| 能力 | 中身 |
|---|---|
| 文法能力grammatical | 語彙・文法・発音・表記など、言語の形そのものの知識 |
| 社会言語能力sociolinguistic | 場面・相手・目的に応じて適切な言い方を選ぶ力 |
| 談話能力discourse | 文をつないでまとまりと一貫性のある談話を作る力 |
| 方略的能力strategic | 通じないときに言い換え・聞き返し・身ぶりで切り抜ける力 |
コアカリキュラムの一般目標は、この区分をこう述べています。学習者の日本語によるコミュニケーション能力を育成するために、コミュニケーション能力に関する知識を身に付ける。また、日本語教育を実践する上で必要となるコミュニケーション能力を向上させることができる。前半が学習者に向かい、後半が教師自身に向かっているのが読み取れます。
個々の到達目標を並べると、その分かれ目がはっきりします。受容・理解能力/言語運用能力/社会文化能力の3つは「学習者の〜を向上させるための方法を理解している」と書かれ、対人関係能力/異文化調整能力の2つは「自らの〜を向上させることができる」と書かれています。
つまりこの区分は、前半3つ=学習者を伸ばすための知識と方法、後半2つ=教師自身が備える力という構えです。ここを「5つとも学習者の力」または「5つとも教師の力」とまとめてしまう選択肢は、いずれも誤りになります。
| 項目 | 到達目標が求めているもの |
|---|---|
| <46>受容・理解能力学習者に向かう | 受容・理解能力について理解し、学習者の読むこと・聞くことを向上させる方法を理解している |
| <47>言語運用能力学習者に向かう | 言語運用能力について理解し、学習者の話すこと・書くことを向上させる方法を理解している |
| <48>社会文化能力学習者に向かう | 社会言語的な適切さ・社会文化的知識を理解し、学習者の社会言語能力及び社会文化能力を向上させる方法を理解している |
| <49>対人関係能力教師自身に向かう | 多様な関係者やコミュニティと連携するために求められる対人関係能力を理解し、自らの対人関係能力を向上させることができる |
| <50>異文化調整能力教師自身に向かう | 異文化理解能力や摩擦を調整するコミュニケーション能力を理解し、自らの異文化調整能力を向上させることができる |
受容・理解能力は読むこと・聞くことです。到達目標は「学習者の受容・理解能力(読むこと・聞くこと)を向上させるための方法を理解している」。つまり問われるのは、読解や聴解をどう指導するかという方法の側です。多読、スキャニングとスキミング、シャドーイング、聴解のタスク設計といった話題がここに集まります。
言語運用能力は話すこと・書くことです。到達目標は同じ形で「学習者の言語運用能力(話すこと・書くこと)を向上させるための方法を理解している」。プロセス・ライティング、ピア・レスポンス、ロールプレイ、スピーチとその評価などが対応します。
学習者の側から見れば、これは4技能の受信(聞く・読む)と発信(話す・書く)にあたります。CEFRや日本語教育の参照枠では、これを受容・産出・やり取り・仲介という言語活動として捉え直しています。4技能の枠組み自体が更新されつつある点は、あわせて押さえておきたいところです。
社会文化能力の到達目標は「日本語での社会言語的な適切さに関する知識や社会文化的知識について理解し、学習者の社会言語能力及び社会文化能力を向上させる方法について理解している」です。ここでも向かう先は学習者です。
扱うのは、敬語をどこまで使うか、どこまで踏み込んで質問してよいか、断りをどう切り出すか、沈黙をどう扱うかといった、明文化されていない約束事です。カナルとスウェインの社会言語能力と重なる領域で、ポライトネス、ウチとソト、待遇表現の知識が道具になります。
指導という観点が加わると、教師には「なんとなくそう言う」を言語化して説明できることが求められます。同時に、自分の側の約束事を唯一の正解として押しつけない視点も要ります。相手の文化を欠けたものとして見る自文化中心主義に傾かず、違いを違いとして扱う姿勢が土台にあります。
ここから向きが変わります。対人関係能力の到達目標は「多様な価値観を持つ関係者や、学習者を取り巻くコミュニティと連携して教育実践を行うため、日本語教育人材として求められる対人関係能力について理解し、自らの対人関係能力を向上させることができる」です。
想定されているのは教室の中だけではありません。同僚の教師、機関の運営者、地域の支援者、保護者、受け入れ企業——学習者を取り巻く関係者と連携するための力として書かれています。
もちろん教室の中でも働きます。相手の話をさえぎらずに聞く、あいづちや表情で受け取ったことを示す、言いにくいことを角を立てずに伝える。学習者が安心して間違えられるかどうかは、この力に左右されます。情意フィルターを下げる働きも、ピア・ラーニングが成立するかどうかも、ここが支えています。
異文化調整能力の到達目標は「教師として多様な関係者と連携・協力する上で必要となる異文化理解能力や、異文化接触場面における摩擦を調整するコミュニケーション能力について理解し、自らの異文化調整能力を向上させることができる」です。これも教師自身の力です。
誤解が起きたときに、どちらかを一方的に直させるのではなく、何が食い違っているのかを見えるようにするのがこの力の中心にあります。学習者どうしの摩擦、学習者と地域社会との行き違い、機関の規則と学習者の事情の衝突といった場面で働きます。
カルチャーショックや異文化適応の知識、認知バイアスへの自覚、エポケー(判断留保)の姿勢がここで生きます。CEFRや日本語教育の参照枠が言語活動の一つに置く仲介とも重なります。仲介は言語の間をつなぐだけでなく、理解の間をつなぐ働きとして位置づけられています。
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