第二次世界大戦の混乱のなかで中国に残された日本人(中国残留邦人等)とその家族のうち、1972年の日中国交正常化以降に日本へ帰国した人々。1994年には中国残留邦人等の帰国と自立を支援する法律が制定され、帰国後の日本語学習と生活支援が公的に行われてきた。
本人の多くにとって日本語は幼いころの母語であっても何十年も使われなかった言語であり、幼くして残され中国語で育った本人もいる。同伴して来日した二世・三世にとっては中国語が第一言語という場合が多い。世代や育った環境によって言語環境が大きく異なる点が支援の難しさになる。
「戦後まもなく引き揚げた人々」と混同させる選択肢に注意する。帰国が本格化したのは国交正常化以降で、日本語習得と社会的自立の支援が長期にわたって課題となってきた集団である。
地域の日本語教室に、帰国者本人と、その孫で中学生の三世が一緒に通ってくることがある。祖父は「ごはん」「おかあさん」など幼いころの語を覚えていても読み書きはほとんどできず、孫は中国語で育ち、日本語をほぼゼロから学ぶ。同じ家族でも、必要な学習内容がまったく違う。
帰国者本人にとって日本は祖国であっても、長年中国で暮らしてきたため、日本の制度や習慣は新しく覚えることが多い。言葉の学習とあわせて、役所の手続きや近所づきあいなど生活面の支援が欠かせない。支援の場では、日本語の授業と生活相談を切り分けず、通訳や相談員と連携して進めることが求められる。
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