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待遇コミュニケーション — 形の使い分けと、会話の運び方

区分2 言語と社会 ・ 日本語教員試験 基礎試験の出題範囲

「敬語が正しく使えること」と「待遇のコミュニケーションができること」は、別のことです。区分2で問われるのは尊敬語・謙譲語の形の知識だけではありません。誰にどの形を選ぶか、会話をどう始めてどう受け渡すか、相手が非母語話者だと分かったときに話し方をどう変えるか——問われているのは形の体系ではなく運用のほうです。この記事では、敬語の分類から会話の進め方までを一本の線でつなぎます。

待遇表現と待遇コミュニケーション — 形の体系と、運用の総体

敬語は、日本語の待遇のごく一部にすぎません。待遇表現とは、話し手が相手や話題の人物、そして場面との関係をどう捉えているかに応じて言語形式を使い分ける、その表現全体を指します。だから敬語だけでなく、ぞんざいな言い方、親しさを示すくだけた言い方、相手を低く扱う卑罵語まで、すべてこの範囲に入ります。「上げる」方向だけでなく「下げる」方向も含む——ここが「敬語=待遇表現」と覚えていると崩れる点です。

これに対して待遇コミュニケーションは、蒲谷宏らが提唱した枠組みで、表現形式の選択そのものではなく、「自分」「相手」「場面」「内容」「形式」を総合的に判断しながら表現し、また理解していく行為の総体を指します。話す・書くという表現の側だけでなく、相手の言葉づかいをどう受け取るかという理解の側も含む点が特徴です。つまり待遇表現が形の体系だとすれば、待遇コミュニケーションはそれを運用する営みのほうを名指しています。

敬語そのものの分類は、2007年の文化審議会答申「敬語の指針」による5分類が現在の基準です。従来の三分類(尊敬語・謙譲語・丁寧語)から謙譲語を二つに割り、美化語を独立させたものだと押さえておくと、旧来の分類で書かれた選択肢との対応もつきます。

敬語の5分類働きと語例
尊敬語相手側を高める相手や第三者の行為・ものごと・状態を高く扱う。「いらっしゃる」「おっしゃる」「お荷物」
謙譲語Ⅰ向かう先を立てる自分側の行為を低めることで、その行為が向かう先の人物を立てる。「伺う」「申し上げる」「お目にかかる」
謙譲語Ⅱ丁重語自分側の行為を、話の相手に対して丁重に述べる。「参る」「申す」「いたす」「おる」
丁寧語聞き手への丁寧さ「です」「ます」。話の相手に対して丁寧に述べる形
美化語ものごとを上品に「お酒」「お料理」。特定の人物を立てるためではなく、言い方を上品にする

謙譲語Ⅰ・謙譲語Ⅱ — どこを見て区別するのか

5分類のうち、試験で最も繰り返し問われるのが謙譲語Ⅰ・謙譲語Ⅱの区別です。どちらも「自分側を低める」と大づかみに覚えていると、必ず取り違えます。見るべきなのは、その行為に「立てるべき向かう先」があるかどうかです。

「明日、先生のお宅へ伺います」の「伺う」は、行為の向かう先である先生を立てています。これが謙譲語Ⅰです。一方「来週から出張で大阪へ参ります」の「参る」に、大阪を立てる働きはありません。ここで丁重に扱われているのは大阪ではなく、目の前の聞き手のほうです。これが謙譲語Ⅱ、別名丁重語です。

だから謙譲語Ⅱは、聞き手がいて初めて成り立ちます。「です・ます」を伴って使われるのが普通なのはそのためで、「参る」「申す」「いたす」「おる」「存じる」がこのグループにあたります。逆に謙譲語Ⅰは、向かう先の人物さえいれば、その場に丁寧に扱うべき聞き手がいなくても成立します。

この区別が分かると、誤用の説明もできるようになります。「昨日、美術館へ伺いました」が落ち着かないのは、美術館が立てる対象になりえないからで、ここは「参りました」が適切です。学習者への指導でも「へりくだる」という一語で説明せず、向かう先に人がいるかどうかで切り分けると通じます。

最頻出のひっかけ「謙譲語Ⅰ=聞き手に対して丁重に述べる」「謙譲語Ⅱ=行為の向かう先を立てる」と、働きを入れ替えた選択肢が定番です。Ⅰは向かう先の人物、Ⅱは目の前の聞き手。迷いやすければ「伺う・申し上げる・お目にかかる=Ⅰ/参る・申す・いたす・おる=Ⅱ」と語例ごと覚えるのが確実です。

二重敬語と敬語連結 — 「過剰」はどこから始まるか

二重敬語とは、一つの語について、同じ種類の敬語を二重に用いたものを言います。「お読みになられる」は「お〜になる」という尊敬語の形に、さらに尊敬の助動詞「れる」を重ねたもので、これが典型例です。「ご覧になられる」「おっしゃられる」も同じ構造で、一般には適切でないとされます。

ただし注意が必要なのは、二重敬語の形でありながら習慣として定着し、許容されているものがある点です。「お召し上がりになる」「お見えになる」「お伺いする」などがそれにあたります。したがって「二重敬語はすべて誤用である」と言い切った選択肢は、この例外があるために誤りになります。

さらに紛らわしいのが敬語連結です。これは二つ以上の語をそれぞれ敬語にして「て」でつないだもので、「お読みになっていらっしゃる」「ご案内してさしあげる」のような形を指します。一語に同じ種類の敬語を重ねているわけではないので、二重敬語ではありません。この線引きは「敬語の指針」が明示しているところで、そのまま出題されます。

いわゆる「バイト敬語」の「〜のほう」「〜になります」「〜からお預かりします」も、規範として正しいかどうかだけで切ると浅くなります。過剰なほどの配慮を示すことで、断定や押しつけがましさを和らげている——という運用の側から説明できると、事例問題で強くなります。

敬意逓減の法則 — 敬語はなぜすり減るのか

敬意逓減の法則とは、ある語が敬意を表すために繰り返し使われるうちにその敬意が次第にすり減り、やがて敬語として機能しなくなる、という現象を指します。すり減った語は使われなくなるか待遇の位置を下げ、代わりに新しい表現が持ち出されます。

有名な例が「貴様」と「お前」です。どちらも本来は相手を高く扱う語で、「貴」も「御前」も敬意の表れでした。それが多用されるうちに価値が下がり、現在では対等以下、場合によっては相手を罵る語になっています。「てまえ」「そなた」「きみ」なども程度の差はあれ同じ道をたどりました。

現代でも同じことは進行中です。「ご苦労さま」が目上に使いにくくなって「お疲れさま」が広がった流れや、「〜させていただく」が多用されて重みを失いつつある現状は、この法則の途上にあるものとして説明できます。敬語は固定した体系ではなく、使われることで価値が動く——待遇を運用の問題として捉える視点は、ここでも効いてきます。古い教科書で習った敬語が今は不自然に聞こえることがあるのも、同じ理由で説明できます。

会話の進め方 — あいづちとターンテイキング

待遇のコミュニケーションは、どの形を選ぶかだけの問題ではありません。会話をどう運ぶか——いつ口を挟み、いつ譲り、どこで反応を返すか——も、相手との関係をその場で作っていく行為です。ここを扱うのが会話分析の視点です。

ターンテイキング(話者交替)は、サックスらの会話分析が記述した、会話の順番のやりくりの仕組みです。会話は「次に話すのは誰か」が絶えず決められながら進み、その決定は、現在の話し手が次の話し手を指名する・誰かが自ら名乗り出る・現在の話し手がそのまま続ける、といった規則で説明されます。交替の候補になる区切りを、聞き手は発話の途中から予測しています。

日本語には、この予測を難しくする特徴があります。述語が文末に来るため、肯定か否定か、断定か推量かが最後まで確定しないのです。そのぶん終助詞や語尾の引き延ばし、視線や間の取り方といった手がかりが、交替の合図として重く働きます。学習者が「話に入るタイミングがつかめない」「気づくと自分ばかり話していた」と感じるのは、この手がかりを読む訓練がないためで、文法とは別に扱うべき領域です。

あいづちは、聞き手が話し手に対して「聞いている」「分かっている」「続けてください」と示す短い反応です。日本語は他の多くの言語に比べて頻度が高く、打つ位置も細かいとされ、あいづちが返ってこないと話し手のほうが不安になります。ここで重要なのは、あいづちが必ずしも同意を意味しないことです。「はい、はい」と受けていた相手が最後に断る、という食い違いは、この機能のずれから生じます。

試験でのねらわれ方あいづちを「同意・承諾の表明」と説明した選択肢は誤り。あいづちの中心的な機能は「あなたの話を受け取っています」という信号であって、内容への賛成ではありません。話し手に発話権を返す(話者交替を求める)ものではない点も、質問や反論との違いです。

フォリナー・トークと社会言語学的能力

相手が日本語の非母語話者だと分かったとき、母語話者は話し方を変えます。ゆっくり話す、易しい語に言い換える、繰り返す、短く区切る、確認を挟む——こうした調整をまとめてフォリナー・トークと呼びます。

教室で教師が行うティーチャートークとよく似ていますが、フォリナー・トークは教室の外で、教育の訓練を受けていない一般の母語話者が行う調整を指す点が違います。そのため調整が行き過ぎて、助詞を落とす、名詞だけを並べる、不自然に区切って発音するなど、文法的に崩れた形になることもあります。理解を助ける面と、正しいインプットを与えそこなう面の両方がある——この両面を書き分けられるかが問われます。「やさしい日本語」が、崩すのではなく整った形のまま易しくする方向で設計されているのは、この短所を避けるためです。

ここまで見てきた、誰にどの形を使うか、会話をどう運ぶか、相手に合わせて話し方を変えられるか——という力をまとめて指すのが社会言語学的能力です。カナルとスウェインの枠組みでは、コミュニケーション能力は文法能力・社会言語学的能力・談話能力・方略的能力の四つに整理されます。文法能力が「文として正しいか」を担うのに対し、社会言語学的能力はその場面・その相手に対して適切かを担います。

学習者が「文法は完璧なのに、なぜか失礼に聞こえる」と言われるとき、足りないのは文法能力ではなく社会言語学的能力です。待遇の指導が語形の暗記ではなく場面とセットで行われるべきなのは、この能力が場面から切り離せないためです。

試験に向けての整理

この記事の内容を、そのまま解答の道具になる形に圧縮しておきます。

待遇表現=形の体系(下げる方向も含む)/待遇コミュニケーション=運用の総体(理解の側も含む)。②敬語は「敬語の指針」(2007年)の5分類。③謙譲語Ⅰ=行為の向かう先を立てる(伺う・申し上げる)/謙譲語Ⅱ=聞き手に丁重に述べる(参る・申す・いたす・おる)。④二重敬語=一語に同種の敬語を重ねた形。「お読みになっていらっしゃる」型の敬語連結は二重敬語ではない。定着した二重敬語は許容される。⑤敬意逓減の法則=多用されるほど敬意がすり減る(貴様・お前)。⑥あいづち=同意ではなく「聞いている」の信号ターンテイキングは、文末まで確定しない日本語では予測が難しい。⑦フォリナー・トーク=一般母語話者による調整で、崩れた形を含みうる。⑧これらを支える力が社会言語学的能力

この八点が押さえられていれば、選択肢の言い換え(「待遇表現=敬語」「謙譲語ⅠとⅡの入れ替え」「敬語連結=二重敬語」「あいづち=同意」)はほとんど機械的に切れます。個々の用語は用語集の各ページで確認してください。

この記事に出てくる用語

1語ずつ短く確認したいときは、用語集のページへ。

この項目の練習問題を解く基礎試験の道場で「言語と社会」を選ぶと、この記事の内容が出題されます
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