区分2のもう一つの柱が、複数の言語が同じ場所に居合わせたときに起きることです。ここでは個人のなかで起きることと社会の側で起きることが交互に出てくるため、どちらのレベルの話をしているのかを見失うと、選択肢を切れなくなります。この記事では、用語の定義をそろえたうえで、個人(母語とバイリンガリズム)から子ども(継承語)、社会(言語接触)、制度(言語政策と言語権)へと順に視点を広げていきます。
母語・第一言語・第二言語・外国語——この4つは日常では同じような意味で使われますが、試験では厳密に区別されます。しかも、区別の基準が前半と後半で違います。ここを取り違えたまま先に進むと、あとの議論がすべてぼやけます。
前半の2つを分けるのは優勢さです。母語は、幼児期に自然に身につけた最初の言語を指します。これに対して第一言語は、その人が現在いちばん自由に使える主要な言語を指します。ふつうは一致しますが、幼いうちに移住して現地の言語のほうが優勢になれば、母語と第一言語は食い違います。つまり第一言語は、生まれた順ではなく今の力関係で決まる概念です。
後半の2つを分けるのは使用環境です。その言語が教室の外でも日常的に使われている社会で学ぶ場合が第二言語、教室の外では使われない社会で学ぶ場合が外国語です。日本国内で学ぶ日本語は第二言語(JSL)、海外で学ぶ日本語は外国語(JFL)にあたります。第二言語は生活と直結するため必要度が高く、教室外での習得も進みますが、その分「生活は回っているのに読み書きが育たない」というずれも起きやすくなります。
| 用語 | 何を基準に決まるか |
|---|---|
| 母語mother tongue | 幼児期に自然に身につけた最初の言語。習得の順序で決まる |
| 第一言語L1 | 現在その人がいちばん自由に使える主要な言語。優勢さで決まるので、母語と入れ替わることがある |
| 第二言語JSL | その言語が日常生活で実際に使われている環境で学ぶ場合。日本国内で学ぶ日本語 |
| 外国語JFL | その言語が教室の外では使われない環境で学ぶ場合。海外で学ぶ日本語 |
2つの言語を使用すること、また使用できる状態をバイリンガリズムと呼びます。3つ以上ならマルチリンガリズム(多言語使用)です。まず押さえるべきは、この語が個人の能力を指す場合と、社会の状態を指す場合の両方で使われることです。「この国はバイリンガルだ」と言うときと「あの人はバイリンガルだ」と言うときでは、話しているレベルがまったく違います。
この点で、社会の側の用語であるダイグロシアと組み合わせると見通しがよくなります。フィッシュマンは、社会に機能分担があるかどうかと、個人が2言語を使えるかどうかを掛け合わせて、多言語状況を整理しました。社会に安定した機能分担があっても個人が両方を使えるとは限らず、逆に個人がバイリンガルでも社会に安定した分担がない場合もあります。社会のレベルと個人のレベルは独立していると考えてください。
個人の能力としてのバイリンガリズムには、いくつかの切り口があります。2言語がともに高い水準にある均衡バイリンガルと、一方が優勢な偏重バイリンガル。そしてより重要なのが、ランバートによる加算的と減算的の対です。第一言語を保ったまま第二言語が上に積み上がるのが加算的、第二言語を得る代わりに第一言語が失われていくのが減算的です。
どちらになるかを決めるのは、本人の努力や才能ではありません。その言語が社会でどう評価されているかです。家庭の言語が価値あるものとして扱われる環境では加算的になり、劣ったもの・捨てるべきものとして扱われる環境では減算的になります。ここで話は個人の能力から社会の側へ折り返します。
なお、「2つの言語を母語話者並みに完璧に操る人だけがバイリンガルだ」という厳しい定義は、現在の主流ではありません。能力は場面ごとに偏りがあるのがふつうだ、という見方(複言語主義につながる立場)が広く取られています。
| 切り口 | 内容 |
|---|---|
| 均衡/偏重2言語の力の釣り合い | 両言語がともに高い水準にあるのが均衡バイリンガル、一方が明らかに優勢なのが偏重バイリンガル |
| 加算的ランバート | 第一言語を保ったまま第二言語が加わる。家庭の言語が社会で肯定的に評価されている場合に起きやすい |
| 減算的ランバート | 第二言語の獲得と引き換えに第一言語が失われる。家庭の言語が低く見られている場合に起きやすい |
減算的な環境が実際にどう現れるかを、子どもの側から見たのがこの節です。移住先で生まれ育った子どもが、親や祖父母の世代から受け継ぐ言語を継承語と呼びます。海外で育つ日本人の子どもにとっての日本語が継承日本語にあたります。
継承語の位置づけは独特です。生活の場では使うので聞く・話すは年齢相応に育っている一方、学校でその言語を学ぶわけではないため、読み書きや抽象的な話題の語彙は伸びにくい。つまり第二言語でも外国語でもないのです。この学習者を一般のクラスに入れると、会話は簡単すぎて退屈なのに読み書きにはついていけない、という両方向のつまずきが同時に起きます。
より深刻なのが、2つの言語に触れて育ちながら、そのどちらも年齢相応の水準に達していない状態です。これを半言語状態(ダブルリミテッド)と呼びます。典型的な現れ方は、日常会話は流暢なのに教科学習についていけないというものです。
この現象を説明する枠組みがカミンズの議論です。日常のやり取りに使う生活言語能力(BICS)は2年ほどで伸びるのに対し、教科学習を支える学習言語能力(CALP)は5〜7年かかるとされます。会話の流暢さは氷山の一角にすぎず、その下にある学力を支える力は別に育てる必要がある、という主張です。さらに敷居仮説では、両言語がともに低い水準にとどまると認知面にマイナスに働き、両方が高い水準に達すると認知面にプラスに働くと説明されます。そして相互依存仮説の立場からは、母語で育てた概念や読み書きの力は第二言語にも転移するとされ、母語を育てることが現地語の学力形成を支えるという結論になります。
したがって、「会話が流暢だから日本語の支援は要らない」という判断は典型的な誤りです。また、この状態の原因を子どもの能力不足や家庭で母語を使っていることに求めるのも誤りで、要因とされるのは母語を切り捨てる減算的な環境のほうです。なお、この用語自体に子どもを欠陥として見る含みがあるとして、使用を避ける立場もあります。
| 概念 | 内容 |
|---|---|
| BICS生活言語能力 | 対面のやり取りで使う力。文脈の助けが多く、2年ほどで伸びるとされる。流暢に見えるのはこの部分 |
| CALP学習言語能力 | 教科学習や抽象的な思考を支える力。文脈の助けが少なく、5〜7年かかるとされる |
| 敷居仮説カミンズ | 両言語が低い水準にとどまると認知面にマイナス、両方が高い水準に達すると認知面にプラスに働く |
| 相互依存仮説カミンズ | 2言語の底には共通の基盤があり、母語で育てた力は第二言語へ転移する |
視点を個人から社会へ移します。異なる言語を話す集団が出会い、言語どうしが影響し合う現象を言語接触と呼びます。接触の場になるのは、交易・移住・征服・植民地化、そして今日ではメディアです。
接触の結果として起きることは幅広く、語彙の借用(日本語の漢語や外来語)、発音や文法への干渉、両言語の混ざり合いによる新しい言語の発生、そして少数派の言語が使われなくなる言語交替(言語シフト)や言語消滅までを含みます。前の記事で見たネオ方言のように、同じ言語の中の変種どうしの接触でも、同じことが起こります。
接触から新しい言語が生まれる過程の典型がピジンとクレオールです。共通の言語をもたない集団が交易や労働の現場で意思疎通する必要に迫られたとき、語彙を優勢な言語から取り、文法を大幅に切り詰めた間に合わせの言語が生まれます。これがピジンで、決定的な特徴は母語話者がいないことです。だれにとっても第二の言語であり、限られた用途にしか使われません。
ところが、そのピジンが使われる社会で子どもが生まれ、それを母語として習得するようになると、事情が変わります。語彙が増え、時制や複文といった文法体系が整い、あらゆる場面で使える完全な言語になります。この段階のものをクレオールと呼びます。両者の境目は、簡略化の度合いでも話者数でもなく、母語話者がいるかどうかの一点です。のちに標準語の影響を受けてクレオールが標準語に近づいていく過程は、脱クレオール化と呼ばれます。
混同しやすいのがリンガフランカです。これは母語の異なる者どうしが共通語として用いる言語一般を指し、今日の国際英語がその例です。すでに確立した言語がその役を担う点で、その場で新しく生まれるピジンとは区別されます。なお、クレオールやピジンを「不完全な言語」「文法のない言語」と評価的に記述した選択肢は誤りです。
そして忘れてはならないのは、言語接触が対等に起こることはまれだという点です。結果を左右するのは社会的な力関係です。日本国内でも、アイヌ語や琉球諸語が同化政策のもとで話者を失っていった歴史があり、これは次の言語政策・言語権の問題に直結します。
国や自治体などが、社会の中で言語をどう扱うかについて行う意図的な介入を言語政策と呼び、そのための具体的な計画を言語計画と呼びます。公用語の指定、表記の基準づくり、学校で教える言語の決定、少数言語の保護などが含まれます。
クーパーによる3分類が頻出です。ある言語の社会的な地位や用途を定める席次計画(地位計画)、正書法・文法・語彙などを整備する実体計画(本体計画)、教育を通じて話者を増やす普及計画(習得計画)の3つです。日本の当用漢字・常用漢字や現代仮名遣いの制定は実体計画にあたり、標準語の制定と方言の矯正は席次計画と普及計画にまたがります。
ここで重要なのは、「言語のあり方は自然に決まるもので、政策は関与しない」という記述が誤りだという点です。標準語を定めることも、方言を矯正することも、ある言語を教えないと決めることも、すべて介入です。近年の日本では、多言語対応、やさしい日本語、日本語教育の推進に関する法整備といった、定住外国人への対応が政策の焦点になっています。
この介入を受ける側から見た概念が言語権です。自分の言語を使う権利、および自分の言語で教育・司法・行政のサービスを受ける権利を指し、言語的人権とも呼ばれ、基本的人権の一部として位置づけられます。
内容は大きく2つに分かれます。母語を使い、次の世代へ受け継ぎ、母語で学ぶ権利(母語への権利)と、社会の主要言語を学び、それによって社会に参加する権利(主要言語への権利)です。ここでの要点は、この2つが対立するものではないということです。どちらか一方だけでは足りません。母語だけでは社会参加が閉ざされ、主要言語だけでは家族との関係やアイデンティティが失われます。
日本語教育の文脈では、この問いは非常に具体的な形で現れます。日本語を教えることが、結果として学習者から母語を奪う同化に転じていないか。「日本に住むのだから日本語だけを使うべきだ」という同化主義的な選択肢が誤りとされるのは、この観点からです。継承語の維持を支援することも、複言語・複文化主義も、根拠はここにあります。
| 言語計画 | 何を決めるか |
|---|---|
| 席次計画地位計画 | ある言語の社会的な地位と用途を定める。公用語の指定、教育で使う言語の決定など |
| 実体計画本体計画 | 言語の中身を整える。正書法・文法・語彙の整備。当用漢字や現代仮名遣いの制定がこれにあたる |
| 普及計画習得計画 | 教育を通じて話者を増やす。学校教育での指導、成人への教育機会の提供など |
この記事の流れを、そのまま解答の道具として圧縮しておきます。
①母語=最初/第一言語=いちばん優勢、第二言語=日常で使われる環境/外国語=使われない環境。基準が2組で違う。②バイリンガリズムは個人にも社会にも使う語。加算的か減算的かを決めるのは本人ではなく社会の評価。③継承語は第二言語でも外国語でもない位置づけで、話せるのに読み書きが育たないというずれが起きる。④半言語状態(ダブルリミテッド)は「会話は流暢なのに教科についていけない」。BICSは2年、CALPは5〜7年、母語の力は転移する(カミンズ)。⑤言語接触の結果は借用・干渉・言語交替・言語消滅まで幅広い。⑥ピジンとクレオールの境目は母語話者の有無。リンガフランカとは別。⑦言語政策はクーパーの席次・実体・普及の3分類。⑧言語権は母語への権利と主要言語への権利の両方で、二者択一ではない。
この8点が言えれば、区分2の多言語社会に関する選択肢はほとんど機械的に切れます。細部は用語集の各ページで確認してください。
1語ずつ短く確認したいときは、用語集のページへ。