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認知バイアス — 悪意がなくても、すれ違いは起きる

区分3 言語と心理 ・ 日本語教員試験 基礎試験の出題範囲

異文化間のすれ違いは、たいてい悪意のない人どうしのあいだで起きます。原因は性格でも心構えでもなく、人が情報を処理するときの仕組みそのものにあります。ここでは、その仕組みがどこで働き、教室でどんな形をとって現れるかを見ていきます。厄介なのは、これらの偏りが自分では見えないことです。だからこそ、名前を知っておくことに意味があります。

カテゴリー化 — なくせない働きと、その副作用

人は膨大な情報を扱うために、対象をまとめて捉えます。これがカテゴリー化で、認知の正常な働きです。訓練でなくすことはできませんし、なくす必要もありません。問題になるのは、それが固定化して「◯◯人はみな△△だ」という過度に単純な決めつけに転じたときで、これがステレオタイプです。

注意したいのは、ステレオタイプは否定的な内容のときだけ問題になるわけではないという点です。「よく働く」「礼儀正しい」といった一見肯定的な決めつけも、目の前の個人を型に押し込め、その人が型から外れることを許さない圧力になります。無害ではありません。

ステレオタイプは、いったんできると壊れにくいという性質をもちます。理由は次に見る確証バイアスにあります。

教室で働く5つの偏り

偏りは無数にありますが、教える仕事に直接効いてくるものを5つ挙げます。いずれも「知っていれば気づける」種類のものです。

偏り中身と、教室での現れ方
内集団バイアス自分の集団は多様、外は一様自分の集団は個性の集まりに見え、外の集団は似て見える。「日本人はいろいろだが、外国人は◯◯だ」という語り方に現れる
知識の呪縛知った側は、知らなかった状態を思い出せない「この程度は説明しなくても分かるはず」。教える側が最も陥りやすい偏りで、説明の省略として現れる
原因帰属のバイアス他者の行動を性格に、状況を軽く見る発言しない学習者を「消極的な性格」と見る。活動の難度・座席・雰囲気という状況が見落とされる
確証バイアス見立てを支える情報だけが目に入る「やる気がない」と思うと、その通りの場面ばかり記憶に残る。ステレオタイプが壊れない原因
ネガティビティバイアス否定的な情報のほうが重く効く一度うまくいかなかった経験が、それまでの多くの良い接触を覆い隠す
教える側にとっての意味5つのうち知識の呪縛原因帰属のバイアスは、教師自身の仕事の質に直結します。とくに後者は実務上の含みが大きい——学習者の不振を性格に帰した瞬間、教師に打てる手がなくなるからです。状況に帰せば、状況は変えられます。

評価のときに働くもの

偏りは評価の場面でも働きます。代表がハロー効果——一つの目立つ特徴に引きずられて、他の面まで同じ方向に評価してしまう傾向です。「発音がきれいだから読解力も高いだろう」という判断がこれにあたります。技能ごとの到達度がばらつくのはむしろ普通なので、観点を分けて別々に見る必要がある。ルーブリックが観点別に作られているのは、この偏りを抑えるためでもあります。

もう一つ、学習者の側に生じるものとしてステレオタイプ脅威があります。「自分の属する集団は苦手だとみられている」と意識すること自体が負荷になり、本来の力を出せなくなる現象です。「◯◯出身の学習者は発音が苦手」といった言い方は、励ましのつもりでも当人の力を削ぐ側に働きえます。教師の何気ない一言が学習の条件そのものを変えてしまうという点で、教室で最も注意すべき知見の一つです。

マイクロアグレッション — 「そんなつもりはなかった」が通らない場所

マイクロアグレッションは、日常のさりげないやりとりに含まれる軽視・侮辱・否定を指します。決定的なのは、送り手の意図の有無を問わないことです。

「日本語お上手ですね」「お箸使えるんですね」——ほめているつもりの言葉が、相手をいつまでも外部の人として扱う形になることがあります。何年住んでいても、その国の言語で仕事をしていても、毎回それを言われる側の疲弊は積み重なります。一つひとつは小さいから「マイクロ」なのであって、軽いから問題がないという意味ではありません。

「そんなつもりはなかった」は、成立の可否には関係しません。ここは、意図を問う倫理観に慣れた人ほど受け入れにくい部分ですが、この概念の要点はまさにそこにあります。

対処 — 判断を止める、立場を借りる、自分を主語にする

偏りはなくせません。できるのは、働くことを前提に手順を挟むことです。

一つめがエポケー(判断留保)。相手の言動に出会ったとき、すぐに評価を下さず、いったん保留して観察を続ける構えです。「失礼だ」「おかしい」という即断が摩擦の入口になります。描写と解釈を分ける訓練は、そのまま観察力の訓練にもなり、学習者を見立てるときにも効きます。

二つめが共感(エンパシー)。相手の立ち位置から世界がどう見えるかを想像して理解しようとする働きで、かわいそうだと感じる同情(シンパシー)とも、相手に同意することとも違います。同意しないままでも理解はできる——この区別があると、意見が対立する場面でも対話を続けられます。

三つめがアサーション。自分も相手も尊重しながら伝える態度で、中核にあるのがわたしメッセージです。「わたしは困っている」「わたしはこうしてほしい」と自分を主語にして、事実と自分の感情・要望を伝える。「あなたはいつも遅れる」というあなたメッセージは相手を責める形になり、防御を招きます。学習者との関係だけでなく、同僚や保護者との対話にもそのまま使えます。

試験での問われ方この領域の問題は、用語の定義を選ばせる形と、場面を読ませて働いている偏りを同定させる事例形式の両方で出ます。事例形式では、まず極端な選択肢を消すのが定石。そのうえで、行動の原因をに帰しているか状況に帰しているか、送り手の意図を条件にしていないかを見ると、答えが絞れます。

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