二つ以上の言語を突き合わせ、共通点と相違点を明らかにする分野。系統関係を明らかにする比較言語学とは目的が異なり、系統が異なる言語どうしでも成り立つ。日本語と英語、日本語と中国語を比べるのは対照であって比較ではない、という区別が要点。
日本語教育では、学習者の母語と日本語を対照することで、つまずきが予想される箇所を洗い出す道具になる。「は」と「が」の区別を持たない言語の話者、冠詞のある言語の話者では、難所の出方が変わる。
ただし相違点が必ず誤りを生むとは限らず、似ているところでかえって混乱が起きることもある。差の大きさから誤りを予測しようとした対照分析仮説が修正を迫られ、実際の誤用を集める誤用分析、学習者独自の体系を捉える中間言語研究へと進んだ。対照言語学そのものが否定されたのではなく、予測の道具としての限界が示されたのだと理解する。
日本語と中国語は漢字を共有しているが、系統の違う言語であり、両者を並べて違いを調べるのは対照言語学の仕事になる。例えば「勉強」は日本語では学ぶことを指すが、中国語の「勉强」は無理をしてするという意味で使われる。同じ字を使っていても意味がずれる語は、中国語話者の学習者にとってつまずきの元になる。
英語を母語とする学習者は、I like apples. の目的語にならって「りんごを好きです」と言うことがある。日本語では好き嫌いの対象をガ格で表す「りんごが好きです」が基本の形で、教科書もこの形で示すのが普通である。英語の構文と並べると、この言い方がどこから来るのか見当がつく。なお「〜を好きだ」は母語話者の話しことばにも見られるので、誤りと決めつけずに、基本の形を示すとよい。
読んだ用語を1冊で引き直す・体系で押さえ直すなら。