朝鮮王朝が置いた通訳官(訳官)の養成機関。漢学(中国語)・蒙学(モンゴル語)・女真学に加えて、1414年に倭学(日本語)が課された。
日本語教育史の出発点としてよく問われるが、教えていたのは日本ではなく朝鮮側であり、動機は外交・貿易のための通訳養成という実務上の必要である。「日本が海外に日本語を広めた例」と読み替える選択肢は誤り。
司訳院で用いられた日本語教材が『伊路波』や『捷解新語』であり、機関名と教材名の対応がそのまま出題される。