クラッシェンの5仮説の一つ。意識的な学習によって得た文法知識は、発話や作文を生み出す力にはならず、産出したものを点検・修正する監視装置(モニター)としてのみ働くとする主張。
モニターが働くには、①十分な時間がある ②言語形式に注意が向いている ③規則を知っているという3条件がそろう必要があるとされる。したがって作文や推敲では働きやすく、速いテンポの会話では働きにくい。
モニターに頼りすぎて発話が滞る学習者(過剰使用)と、まったく使わず正確さを欠く学習者(過少使用)の対比で事例化されやすい。「モニター=教師による訂正」ではなく、あくまで学習者自身の内的な自己点検を指す点に注意。
作文の宿題では、学習者は書いた後に読み返し、「ここは『に』ではなく『を』だった」と自分で直すことができる。時間があり、形式に注意を向けられ、規則も知っているので、モニターが働く条件がそろっている。ところが同じ学習者がロールプレイで即座に返答する場面では、同じ誤りがそのまま出てしまう。この差がモニター仮説で説明される典型である。
発話の途中で何度も言い直し、文の終わりまでなかなか言えない学習者は、モニターを使いすぎている(過剰使用)と見ることができる。反対に、よどみなく話すが助詞や活用の誤りが多く、本人はあまり気にしない学習者は、モニターをほとんど使っていない(過少使用)と説明される。
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