多数派に属しているというだけで労せずして得ている有利さを特権という。法律で与えられた権利のことでも、少数派への優遇措置のことでもない。
自分の言語で手続きができる、名前を正しく読んでもらえる、集団の代表としてではなく一人の個人として見てもらえる——いずれもないと困るが、あるときは意識されないもの。自覚されにくいことが最大の特徴であり、だからこそ多数派の側が自らの位置を問い直す作業が求められる。
日本語を母語とする人は、役所の書類を読む、病院で症状を説明する、子どもの学校からのお知らせを理解する、といったことを特に苦労せずにできる。日本語を学びながら暮らす人にとっては、どれも大きな負担になりうる。自分の言語で生活が回ることは、本人が努力して得たものではないが確かな有利さであり、これが特権にあたる。
教室で教師が「名前が長いから短く呼ぶね」と言うとき、自分の名前を正しく呼ばれることの重さに気づいていない場合がある。日本の名前なら手間をかけてでも正しく読もうとするのに、外国の名前だと省略してしまうとすれば、そこに多数派の側の当たり前が表れている。
読んだ用語を1冊で引き直す・体系で押さえ直すなら。