母語と目標言語の構造をあらかじめ比較(対照)すれば、相違点=困難点、類似点=容易な点として学習上の困難を予測できるとした立場。ラド(Lado)らによって1950年代に唱えられ、行動主義心理学の習慣形成説を背景に持つ。
しかし実際には、対照分析が予測した誤りが現れなかったり、逆に予測されなかった誤りが多く観察されたりした。母語が違っても似た誤りが出ることも分かり、誤用を母語の干渉だけでは説明できないことが明らかになった。
この行き詰まりを受けて、学習者が実際に産出した誤用そのものを出発点にする誤用分析へ、さらに学習者言語を体系として捉える中間言語研究へと関心が移った。この流れ(対照分析 → 誤用分析 → 中間言語)は出題されやすい。なお対照分析そのものが無価値になったわけではなく、教材作成や誤りの説明には現在も活用される。
母語に長い母音と短い母音の区別がない学習者には、「おばさん」と「おばあさん」の聞き分けや言い分けが難しいだろう、と前もって予測するのが対照分析の考え方である。実際に予測どおり難しいこともあるが、予測されたほどには誤らない場合や、予測していなかった別の点でつまずく場合もある。
母語の違う学習者に共通して「する→さない」のような誤りが現れることは、母語との違いからは予測できない。このような誤りが多く観察されたことが、対照分析だけでは学習者の誤りを説明しきれないという批判につながった。ただし教材作成では今も、学習者の母語ごとに注意したい点を示すために対照の視点が使われる。
読んだ用語を1冊で引き直す・体系で押さえ直すなら。