康遇聖が編んだ、朝鮮における代表的な日本語学習書。1676年に刊行され、司訳院の倭学で長く用いられた。
編者は文禄・慶長の役(壬辰倭乱)で日本に連行された経験をもち、そこで得た日本語をもとに実務的な会話を中心に編んだとされる。のちに改修版・重刊改修版が作られ、版によって日本語の姿が変化している点も資料的価値が高い。
『伊路波』との取り違えに注意。17世紀・会話・康遇聖という三点で押さえる。
『捷解新語』は、文字の練習から入る『伊路波』とは違い、外交や交易の場で交わされるやりとりを中心に組まれている。現代でいえば、場面ごとに会話を学ぶ教材に近い発想で、通訳官が実務ですぐ使える日本語を身につけることを重視していた。学習者が実際に出会う相手と場面を想定して作られている点で、目的のはっきりした教材といえる。
改修版・重刊改修版と版を重ねるなかで日本語の部分が手直しされたため、版どうしを比べると当時の日本語の変化をたどる手がかりになる。同じ教材の版の違いが言語史の資料になる例である。教育史では教材として、日本語史では言語資料として扱われるので、両方の位置づけを押さえておく。
読んだ用語を1冊で引き直す・体系で押さえ直すなら。