本質主義は、文化に「こういうものだ」という固定した中身があると考える立場。構築主義は、文化を人々のやりとりの中でそのつど作られ変わり続けるものと考える立場。
本質主義的な見方はステレオタイプと結びつきやすく、「あの人は◯◯人だからこう考える」という説明に流れる。異文化間教育の議論は近年構築主義の側へ軸足を移してきた。
「日本人は集団を大切にするから、自分の意見を言わない」と説明するのは本質主義的な見方である。実際には、世代や地域、職場、場面によって意見の言い方はさまざまで、同じ人でも相手によって振る舞いを変える。構築主義の立場では、こうした振る舞いを、その場のやりとりの中で作られ、変わっていくものとして捉える。
教材の文化紹介のページで「日本では〜する」と一つの型だけを示すと、学習者は日本人がみな同じようにすると受け取りやすい。「こうする人もいれば、こうする人もいる」「場面によって変わる」と幅を示したり、学習者自身の国の中にある多様さを話し合ったりすると、文化を固定した中身として見る見方をゆるめることができる。
読んだ用語を1冊で引き直す・体系で押さえ直すなら。