第二次世界大戦中にアメリカ海軍が設けた日本語教育機関。1942年に開設され、のちにコロラド大学などに置かれた。暗号解読・捕虜尋問・文書翻訳にあたる語学将校を短期間で養成することが目的だった。
集中的な訓練で口頭運用力を高める方式がとられ、戦後の外国語教授法(オーディオ・リンガル・メソッドに連なる軍隊式の集中訓練)に影響を与えたとされる。ドナルド・キーンやサイデンステッカーら、後の日本研究者を輩出したことでも知られる。
同じ戦時期でも、日本が占領地で行った日本語教育とは主体も動機も逆である。「日本の外で、軍事上の必要から日本語が教えられた例」として位置づけを押さえる。