1941(昭和16)年に設立された財団法人で、戦時下の日本語普及を国策として担った団体。占領地・統治地域向けの教材編集や雑誌『日本語』の刊行などを行い、長沼直兄らが関わった。
敗戦後、GHQの指令により解散する。日本語教育史では、この解散が「国策としての日本語普及の終わり」=戦後の再出発の起点として扱われる。
戦後に設立された日本語教育研究会・日本語教育学会とは系統も性格も異なる。設立年と解散の理由を入れ替える選択肢に注意する。