エリクソンに由来する定義では、自己斉一性(自分は自分だというまとまり)と連続性(昨日の自分と今日の自分がつながっている感覚)から成るとされる。
国籍や民族といった書類上の属性ではなく、本人が抱く感覚である点が要点。文化間を移動する人にとってはこの斉一性と連続性が揺らぐことがあり、それが適応の困難として現れる。
日本の大学に進学した留学生が、母国では成績のよい学生として自信を持っていたのに、日本では言葉がうまく通じず授業でも発言できない日が続くうちに、「自分が何者なのか分からなくなった」と話すことがある。それまでの自分と今の自分がつながらない感覚は、アイデンティティの連続性の揺らぎとして説明できる。
書類上は日本国籍でも、自分を日本人と感じることに違和感を持つ人もいれば、外国籍でも日本で育ち、自分をこの土地の人間だと感じている人もいる。教師が学習者を国籍や出身地だけで理解しようとすると、本人が抱いている「自分は何者か」という感覚を見落とすことになる。
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